投稿日 : 2024年4月1日 最終更新日時 : 2024年04月02日

【コラム】M&Aと表明保証

M&A契約において、売り手は買い手に対して売却対象や開示情報の正確性や完全性について一定の保証(約束)を行います。これを表明保証と呼びます。M&Aというと価格ばかりに目が行きがちですが、M&A実務家は表明保証の論点も意識したプロセス設計や立ち回りを行うことが通常です。

 

1.表明保証項目

表明保証項目や保証の程度感はM&A案件ごとに異なりますが、一般的には以下のような項目が挙げられます。これらの事項について売り手が一定の保証(約束)を行います。

  • 売り手や対象会社の基本情報:会社の存在、経営権の実在性など
  • 会社の財務状況:財務諸表の正確性や適正性など
  • 会社の権利関係:法的地位、所有権、特許権、契約違反の不存在、法令順守など
  • 税務問題:税務処理の適正性や追徴課税リスクの不存在など
  • 情報開示:買い手が検討に必要な情報は全て適切な形で開示している点など
  • その他:環境問題の不存在、労務問題の不存在、訴訟問題の不存在など

 

M&Aにおいて現状有姿という発想は基本的にはなく、売り手が表明保証責任を負うのが原則です。

 

2.表明保証違反の影響

取引完了前に表明保証違反が発覚した場合、自動的には取引完了に至ることができず、取引キャンセルや価格再協議などに発展する可能性があります。

 

取引完了後に表明保証違反が発覚した場合、売り手は表明保証違反に伴って生じた買い手の損害をM&A契約に沿って補償(支払い)する必要が生じます。

3.表明保証と補償

M&A契約には「保証(ほしょう)」と「補償(ほしょう)」という、呼称が同じ意味の異なる用語が存在します。「保証」は売り手による売却対象や開示情報の正確性や完全性について一定の約束を指し、「補償」は約束違反の場合の損害賠償類似の機能を持つ買い手への支払いを指します。紛らわしいため、M&A実務家は保証をレプワラ(Representations and Warranties)、補償をインデム(Indemnities)と敢えて横文字を使うこともあります。

 

4.表明保証の機能

表明保証条項は売り手と買い手の責任分担の取り決めです。売り手と買い手の情報格差が開きがちなM&Aでは表明保証条項の存在そのものがリスクのあぶり出し効果を持ちます。

 

例えば、買い手がDDを行っても対象会社の重大な項目が隠れているのではないかと不安が払しょくされない場合、売り手に表明保証責任を広めに負担してもらうことを考えます。そうすると売り手側では約束違反とならないようできるだけの開示をしたり、一見関係ないと思う情報であっても念のため開示しておこうとなります。これがあぶり出し効果です。このあぶり出し効果が売り手の情報開示を加速し、両者の情報格差を縮小する機能を持ちます。

 

また、あぶり出し効果の逆バージョンとして、売り手が一切表明保証責任を負いたくないと強く主張する場合、買い手は売り手が何か隠している。又は、売り手自身も何が出てくるか分からない状況を感じ取ります。経験上、売り手が表明保証責任を一切負いたくないと主張すると買い手は疑心暗鬼になって収拾がつかなくなります。

 

5.表明保証とDD

買い手はDDをするのだから、売り手が表明保証責任を負う必要がないという発想を耳にすることがあります。基本的には売り手視点の発想です。売り手側のDD実務負担を考えると感情論としては理解できなくもありません。

 

しかし、現実には表明保証責任ゼロとはなりません。DDの範囲は限られることから、それによって表明保証が不要とはなかなかなりません。売り手が表明保証責任ゼロにこだわると前述の通り疑心暗鬼を招きます。

 

また、売り手が表明保証をするのだから、買い手のDDは省略でも良いのではという発想も見られます。こちらは売り手・買い手のいずれからも出てくる発想です。

 

現実にはDDが一切なしとはなりません。表明保証は万能ではありません。売り手が負う表明保証責任の範囲(期間や金額など)は限定されることが多く、また、責任を取ってもらう事で穴埋めできない問題もあります。表明保証が万能でない以上、多かれ少なかれ買い手の自己責任が発生すします。買い手が自己責任でM&Aする上でDDを一切なしにはできません。

 

表明保証とDDは関連はするものの、どちらか一方があれば他方は不用いうものではなく、双方必要です。

 

6.表明保証とストラクチャー

売り手側で表明保証責任をできるだけ負いたくない場合は、事業譲渡のストラクチャーが考えられます。

 

雇用契約や顧客との契約を移転する手間暇、許認可移転の可否、所有権移転のコストなど検討すべき事項はありますが、株式譲渡と異なり、買い手が対象会社の過去の契約や偶発債務のリスクから解放されるため売り手の表明保証責任を最小限とすることが可能となります。

 

7.表明保証と契約交渉

買い手はDDで把握しきれなかったリスク(残存リスク)を回避すべく可能な限り網羅的に表明保証内容として記載したいと考えます。対して、売り手は表明保証違反による補償責任を避けたいことから表明保証内容を縮小しようと考えます。

 

表明保証内容は売り手と買い手の利害が相反する部分であり、取引価格と同様に両者の交渉や調整が必要となる重要ポイントとなります。

 

8.まとめ

買い手は売り手の表明保証違反によって損害を受けた場合、補償請求が可能です。ただし、期間や金額に一定の制限が設けられることも多く、必ずしも表明保証は万能ではありません。

 

表明保証内容はM&A契約上の重要ポイントの一つです。売り手は適切な情報開示を行う、買い手は適切なDDを行うという基本に立ち返り、これらのプロセスを確実且つ相互に安心できる形で進めることで、結果的に表明保証内容などのM&A合意が円滑になります。

 

 

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